@article{oai:otemae.repo.nii.ac.jp:00002327, author = {MORI, Michiko and 森, 道子}, journal = {大手前大学論集, Otemae Journal}, month = {Jul}, note = {『復楽園』は『失楽園』の後編である。キリスト教の教義では、アダムとイヴの堕罪(創世記)により人類が喪失した楽園はイエスの受難と死によって贖われ、回復される。ミルトンは『復楽園』で、イエスが荒野においてサタンの誘惑を退け、勝利したとき、楽園が回復されたとする独自の見解を示しているが、イエスとサタンの対話に終始する『復楽園』は倫理的に過ぎると不評である。だが、古典叙事詩に通暁するミルトンが詩中に挿入するエピック・シミリには、イエスの受難と死が巧妙に秘められている。特に最初と最後のシミリを入念に読み解くと、旧約聖書のモーセとエリヤのミッションや、古代ギリシャ神話のヘラクレスとオイディプスの受難の生涯への言及によって、誘惑に勝ったイエスを待ち受ける苦難と死が暗示されていることがわかる。また、第1巻初めの「武器ではなく知恵によって、地獄の策略に打ち勝つ決闘にかかる神の子よ」(PR I 173-5)という一節に、第⚔巻フィナーレの「サタンの鎮圧者、いと高き神の子よ、人類を救う輝かしい任務にかかれ」(PR IV 633-35)の一節が呼応し、サタンの誘惑への勝利が来たるべき受難と死への基礎となっていることを示唆している。}, pages = {113--127}, title = {秘められたキリストの受難 -『復楽園』のエピック・シミリ-}, volume = {22}, year = {2022}, yomi = {モリ, ミチコ} }